2011年5月27日金曜日

おれ&ウルジェー

おれは、ウルジェーと一緒になることにした。








俺は、5月4日、ウルジェーを連れて日本に帰国した。
ウルジェーと娘(6月で4歳)をおれが面倒を見て、
将来、老いたおれは、ウルジェーに面倒を見てもらうことにした。
お互いに、生きるのに、必要になった。

Give & Take だよ。

まず、ウルジェーの身体を日本の病院で治療する。
そのためには、高岡の扶養者になって、健康保険に加入
しなければならない。

ウルジェーは、おれたち、日本からの資金援助がなければ、
交通事故で、不幸な結末になっていただろう。

本日、市役所で、「外国人登録証」をもらった。
来週月曜日の30日、渋谷にある、在日本モンゴル大使館
で、「婚姻具備要件証明証」を入手する。
同じ日の午後、市役所に、「婚姻届」を出す。

戸籍に入れば、ウルジェーの「納税証明証」をもらい、
おれが、パートで働いている、会社に、「扶養者追加」を
依頼する。

6月初めには、健康保険に入れるので、「即、精密検査」を
受ける。

脳内出血を疑っているので、手術も必要になるだろう。
背骨の打撲と、神経の検査&治療もしなければならない。

おれは、ウルジェーの通院のため、中古の軽自動車を買った。
娘のユームチンマーは、モンゴルの母親(おばあちゃん)に頼んでいる。
養育費を送ることになった。

ウルジェーは、日本に向かう飛行機内で倒れたが、今は、ひとりで
近くを散歩できるようになった。

おれたちは、できるだけ早く、モンゴルで3人で暮らす。

俺は、あの世に行く準備に取り掛かる。
モンゴルに永住することにした。
美しい日本を去るのは、断腸の思いだ。
家族もいたのだから、日本を去るのは、本当につらい。

でも、おれの亡骸はだれが始末してくれるのか?
おれには、実子の娘と息子がいるが、
今は、どこで何をしているのか?
生きているのか?

音信不通だよ。

おれの、
この気持ちは、誰に話しても理解してくれないだろう。

近所の知り合いは、おれが、海外から帰国するたびに、
一人、一人と、あの世に旅立っている。

おれは、考えるよ。
特に、親友の大宮さんが、昨年、10月に死んでから。

人は、だれも、かならず、別れる時がくるのを。

日本で、ひとりでも、心配なく暮らせるが、「死を待つだけ」の
時間はいやだ。


モンゴルで、支援を願っている、子どもたち、シングル・マザーの
プログラムを続行したい。
「死ぬまで、他人に必要とされる」を全うしたい。

人は、誰でも、やがて、「夜露の如く消える」のだから。
その時に、備えて、身辺の整理だ。

皆さん、ありがとう。
お世話になりました。

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自己紹介

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Atsugi, Kanagawa, Japan
Born 1943 in Japan. For 4 years & 4 months,hitch-hiked 83 countries. Graduated from University of Massachusetts. Worked 15 year at Goldman Sach, Tokyo. 19 years NGO activities for Asian children and poor mothers. A life is too short to do significant job. 56 days'Charity-bicycle trip to NY from LA by.Crossed Mongolia by horse-back for 80 days. Both were after 60 years old. Takaoka is an exiting future-looking man.